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プロフィール / Profile

まどぅー

初めまして。カナダ在住の鈴木まど佳です。まどぅー (@madocanada)と呼ばれています。

わたしの人生の転機となるキーワードは主に以下です!

  • 不登校
  • 世界一周
  • 国際同性婚
  • 双子誕生
  • カナダ移住
  • ダンススタジオ経営/独立
  • 世界100ヶ国200人と生活中
  • ブログ運営
順を追って自己紹介をさせてください!

小学校で不登校・進学校を自主退学

まずは少し遡って過去の話をします。

11歳の時に「みんなと同じでいなければいけない教育」に疑問を持ち不登校になったんです。

何ヶ月か保健室登校も経験しています。
 

保健室登校とは?

教室でなく代わりに保健室で過ごすこと。

 
中学はかろうじて行きましたが、教師からの体罰やセクハラ、管理的な教育が自分には合いませんでした。
 
自由な校風の高校に行くために受験をガンバり、無事に進学校へ入学します。

まどぅー
しかし!!

16歳の時に学校で教わったことは「どうやって人生を安定させるのか」でした。

なんか思ってた高校生活と違う・・・

周りが「進学校をやめるなんてモッタイナイ」と反対する中、やめてしまいました。(のちに別の高校を卒業)

この学校で学ぶべきものは何もないと判断したからです。

クラシックバレエで初めての挫折

ここからは、わたしの人生において重要であるバレエとダンスの話をしようと思います。

3歳から16歳までクラシックバレエを習っていました。当時は厳しいバレエスクールに通っていて、足のつま先が血だらけになるまで練習の日々。

不登校で学校に行き場がなかったこともあり、バレエに没頭しました。

ミスをしないように常にビクビクしながら踊っていたのを今でも覚えています。

発表会に向けて練習をしていたのですが、自分のミスが原因で役を外されたのです。(当時11歳)

役を外されたことをキッカケに、自分には才能がないと思いました。

そして「もうこれ以上踊りたくない!」と心が悲鳴をあげていたことに気づいたんです。

バレエスクールにも学校にも行き場をなくしてしまい、家にこもる日々が1〜2年ほど続きました。

その後、他のバレエスクールを転々とし理解ある先生との出会いもありましたが、「バレエを心から楽しむ気持ち」はすでに失っていたんですよね。
 
結果的には10年以上はバレエ人生でした。

ヒップホップに出会う

そんな時に出会ったのが「ヒップホップダンス」です。

中学生の時にDA PUMP(ダパンプ)が司会をやっていた「少年チャンプル」というダンス番組にクギ付けになったんです。

当時、すり切れるほど見たDVD▼

中学2年生の時に独学でダンスを始めて、高校入学と同時にダンスにのめり込みました。

バレエとは違ったストリートダンスの世界観や、舞台で踊る楽しさに魅了されて、

「踊ることが好きなんだ」と再確認する時間でもありました。

ダンサーの夢を叶えるために上京するも・・

18歳の時に東京で一人暮らしを始めました。

ダンサーの夢を叶えるためです。

しかし、「ダンサーになりたい」と人に言うことができなかったんですよね。自分より上手なダンサーがわんさかいる東京で、自分の夢を口にするのが恥ずかしかった。

それでもダンスレッスンに通い、1ヶ月に何本ものダンスイベントに出演し、忙しい日々を送っていました。

そして友人たちとダンスコンテストに挑戦しました。

↑コンテストに出場した時の写真(左から2番目わたし)

ダンスで成功するにはコンテストで賞を受賞することが王道。これが最後のチャンスだと思い、何度かチャレンジしたんです。

しかし、コンテストには負けました。

コンテストのために一時的に組んだチームだったので自動的に解散。

自分の道をもう一度、考え直そうと思いました。

思い返せば10年間くらいは絶望の日々だった

うだつの上がらない日々を繰り返し、気づけばネガティブ思考になってしまったんですよ。

思えば、11歳で不登校になった時から始まり、10年間くらいは相当もがき苦しみました。

「自分なんてどうせ何をやってもダメなんだ・・・」と絶望しかなかった。

救いようのない日々を過ごして孤独に押しつぶされそうで、理由がなくても涙が出る日々。

「誰にも会いたくない」と約束した予定をいきなりドタキャンすることもありました。もちろん友達もだんだん減っていきました。

「とりあえず20歳になるまでガンバろう。20歳になったら命を絶とう。」

そう考えながら毎日を過ごし、とにかく生きるのに必死だったんですよ。

20歳の時にアメリカへ行った

そんな時に高校の同級生の誘いを受け、アメリカへ行くことに。

アメリカではいくつかのダンススタジオに訪れてダンスレッスンを受けてみたんです。

その時に、「あ、自分はダンスで食べていける」と確信したのです。

↑アメリカでダンスレッスンを受けた時の写真

「ブラックアイドピーズ」のモデルダンサーの仕事

同時期にダンスゲーム「The Black Eyed Peas Experience」のモデルダンサーのお仕事をいただいたんですよ!

まどぅー
涙が出るほど嬉しかった・・!

初めてダンスでお金をいただけたことは自信になりましたね。

このモデルダンサーはわたしです▼

ネガティブ思考だった自分が少しづつではあるけど、プラス思考に変わっていく時期でもありました。

アメリカで多様な価値観を持つ人たちと触れ合えたことも影響しています。

踊りながら世界一周へ

アメリカに短期で行ったことをキッカケに海外に興味を持つようになりました。

21歳で世界に出ようと思い、アルバイトを3つ掛け持ちして資金140万円を10ヶ月間でかき集めました。

22歳で念願の世界一周へ。

  • ダンスはなぜ生まれたのか?
  • 人はなぜ踊るのか?
  • 自分はなぜ踊るのか?

この3つの答えを探し求め、ピースボートでアフリカ・南米へと旅立ちます。

まどぅー
この世界一周が自分の最大の転機!

アフリカの路上で大きな声援に囲まれて踊った時は、鳥肌が止まらなかった。

島国モーリシャスで現地のダンサーと踊った一枚

気づけば、訪れた国は20カ国以上、一緒に踊った人の国籍は100国籍以上に。

↑「モーリシャス」にて踊るわたし

壮大な景色に圧倒され、自分のちっぽけさを感じた。

カナダ・アルバータ州

踊りながらの旅は奇跡のような出会いの連続だったんです。

南アフリカで偶然タップダンサーだったホストファザー

自分と同じ考えをもつダンサーにも出会えました。彼とは今でもダンスメイト▼

↑ダンスメイトのカナダ人「ジョッシュ」

世界で学んだことは今でも自分の軸になっています。

色んな国の「当たり前」や「普通」を見れて、「当たり前」や「普通」がないことを知れたのは自分の財産です。

踊り続けてきたからできた経験も山ほどありました。

一緒に踊ってくれた世界のみんなのおかげで、「自分はそのままでいいんだ」と思えるようになったんです。

↑モーリシャスの路上で踊ったみんな

たくさんの出会いと気づきがあった旅。

路上で出会った南アフリカの子どもたち

世界一周をして自分が踊る意味を明確にできました。

ダンス映像『わたしが踊る意味』▼


 
大げさかもしれないけど、「自分が生きていく意味」を見つけたんだと思う。
 
世界一周での出来事は別記事にもアップしています。
 

再び海外へ行くチャンスが!

世界一周を終えて日本に帰国し、ダンス講師としてスタートを切りました。

↑日本で教えていた時のダンス生徒
 

 
しばらく日本でダンス講師をしていましたが、再び海外に行くチャンスがやってきたんです。

TEDにダンサー出演

カナダに訪れてすぐに、現地のユースグループ「Heart Mind Body(ハート・マインド・ボディ)」に誘われ、加入。

バンクーバーにて仲間たちとTEDへ出演を果たしました!

最前列の右から2番目(真ん中あたり): わたし

マイケルジャクソン追悼イベント

数百人規模のマイケルジャクソン追悼フラッシュモブにも参加しましたね〜。

真ん中右:わたし(マイケルジャクソンの「スリラー」を117人で踊っている瞬間)

ボブマーリー孫娘のドニーシャからメッセージを貰う

さらにこんな出来事もありました。

ボブマーリーの孫娘であるドニーシャが、わたしのダンス映像を見てわざわざメッセージをくれたんです。

まどぅー
ボブマーリーの孫娘!?

自分でも驚きが隠しきれませんでしたよ。

もらったメッセージ▼

↑ポスターに書かれたドニーシャからのメッセージ

ボブマーリーの孫娘である「ドニーシャ」から貰ったメッセージを翻訳しました。

MADU!
You have danced your way into my heART! I will never forget you! Soon..We will meet!
ONE LOVE, Donisha:)

まどぅー!
あなたはわたしの心の中で踊りました!あなたのことは絶対に忘れません!またすぐに会えるでしょう!
ONE LOVE、ドニーシャより

HIPHOPアーティスト「ヴァニラ・アイス」に指名される

また、90年代ヒップホップアーティストが出演するイベントに行った時に、こんなこともありました。

一世を風靡したアーティスト「ヴァニラ・アイス」から舞台で踊るように指名されたのです!

「こんなことってあるんだ!」とイベント後も興奮がおさまらなかった・・。人生は何が起こるかわからない。

ベストパフォーマンス日系賞を受賞

超有名ポエトリーアーティストの「シェーンコイザン」がわたしのためにダンスの詩を捧げてくれるという、夢のような出来事もありました。

その詩をもとに、自分のダンスを表現しようと心に決めます。

作品が完成したのと同時に、2015年の夏にカナダで開催された日系スター・タレントサーチに出場することにしました。

まどぅー
自分のダンスで改めて挑戦したかったんです!

出場チームは全部で70組。オーディション、セミファイナル、ファイナルを勝ち抜き、

「最も記憶に残るベストパフォーマンス賞」を受賞することができました!

受賞したの時の一枚

音楽も詩に合わせて編集し、意味と重なるように作品をつくりました。自分自身が何を表現したいのか、向き合った期間でしたね。

受賞したダンス映像▼


 

国際同性婚し、カナダに移住

海外でようやくダンスの芽が出始めたころ、2015年カナダに拠点を移しました。

世界一周中に出会ったカナダ人(女性)と結婚するためです。

2016年6月11日に130人の方に祝福されて国際同性婚をしたのです。

左:わたし 右:パートナーのキム(Photo by Tanabe+Photography

驚かせてしまってすいません。

まどぅー
まさか、自分が女性と結婚するとは!わたしも思っていなかったんですよ!

カナダでは2005年から同性婚が国の法律によって認められています。

カナダの首相ジャスティン・トルドー氏が自らプライドパレードに参加したり、差別があった歴史に対して謝罪スピーチを行うくらい、寛容で多様な国なんです。

結婚式は皆様のおかげで人生最高の日になりました。本当に感謝でいっぱいです。

結婚式の映像もぜひ▼


 

2019年双子が生まれてふたりママに!

2019年7月7日に双子が生まれて、ふたりママになりました。

詳細は別記事にて▼

【ご報告】双子のふたりママになりました。

ダンススタジオを設立!経営しています

2017年1月ダンススタジオをカナダのマチョーズン村でオープンしました。

ダンススタジオの内装はすべて自分たちで行なったんですよ〜!

27歳で自分のダンススタジオを持つという夢が叶いました!

現在は約30人の村の子どもから大人が通ってきてくれています。

ダンススタジオでのレッスンの様子(Photo by Tanabe+Photography *with students permission)

スタジオを持つという決断をしたからこその、出会いがたくさんありました。

ダンススタジオでミニ発表会をした時 (Photo by Tanabe+Photography *with students permission )
 

ダンスの仕事がさらに増える!

ダンススタジオを開いたことでダンスの仕事がさらに増えました。

まどぅー
本当にありがたい!

自分のスタジオ以外でもダンスを教えている場所は以下です。

  • レイノールズ高校(カナダ、ビクトリア)
  • ブロックス高校(カナダ、ビクトリア)
  • ウェストモント小学校(カナダ、ビクトリア)
  • ブガルーダンスアカデミー(カナダ、バンクーバー)
  • ピアソンカレッジ(カナダ、ビクトリア)

気づいたら、好きなことを仕事にする!ができていました。

世界100ヶ国出身の200人と共同生活中

それだけでなく、カナダ人のパートナーピアソンカレッジ(UWCの国際学校)で仕事をしています。

学校が合わず不登校になったわたしが、カナダの学校に住み、高校生と関わっているなんて自分でも驚きです(笑)
 

ピアソンカレッジとは?

元カナダ首相ピアソン氏の「人種、性別、貧富、国籍に関わらず全ての人が平等に学ぶべき」という考えに基づき設立されたカレッジ。

ピアソンカレッジでは主に3つのことをしています。

  1. ハウスペアレント
  2. LGBT+のサポート
  3. ピアソンダンサーズ

ハウスペアレント

わたしたちのハウスには40人の生徒が世界から集まってきています。寮生のお世話をするのがハウスペアレントです。

私たちのハウスに住む世界各国からやって来た40人の生徒
まどぅー
この学校では世界中に友達ができるんです!

ピアソンカレッジの映像はこちら▼


 

LGBT+のサポート

2018年の在校生のアンケートでは3人に1人がLGBT+当事者という結果になりました。

グループでは学校内にどんなマイクロアグレッションが存在するか話し合ったり、一緒にプライドパレードに行って楽しんだりしますね。

学校内にはジェンダーニュートラルのトイレも設置しました。

ピアソンダンサーズ

ピアソンダンサーズとはダンスアクティビティです。

まどぅー
日本でいう部活動のようなものですね。

ヒップホップレッスンを行なったり、ダンスイベントの前には振り付けを担当しています。

世界中の高校生たちと踊れるなんて!貴重な体験をさせてもらっています。

ダンスリサイタル映像▼


 

2017年からブログ「旅するダンサー自由記」運営する

ブログで希望を与えたい

わたしのブログのキーワードは以下です。

  • ヒップホップ、ダンススタジオ経営のノウハウ
  • 世界一周、カナダ生活について
  • 国際同性婚、ジェンダー、性差別について
  • 不登校、学校教育、カナダの学校について
  • 自分の思考や考え方について

ブログを始めたキッカケは「こんな自分でも生きているよ〜」ってことをシェアしたかったから。

不登校で絶望しかなかったわたしが、今ではダンスの仕事をはじめ、国際学校でも働き、ブログでも発信するようになりました。

かつての自分のような、

不登校で悩める子に、

「ダンサーになりたい」と夢みる子に、

LGBT当事者として不安を抱える子に、

希望を与えられるようなブログを書こうと思っています。

旅するダンサー「まどぅー」の応援をよろしくお願いします!

SNSフォロー歓迎!

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メディア掲載歴

今まで掲載されたインタビュー記事などのまとめはこちら▼

ショートプロフィール

日本語プロフィール

なぜダンスが生まれたのか?なぜ人は踊るのか?を探求しにダンス発祥地と呼ばれるアフリカ・南米を中心に世界一周の旅に出る。訪れた国は20カ国以上、一緒に踊った人の国籍は60カ国を超え、レゲエの神様ボブマーリーの孫娘ドニーシャに”革命的なダンス”と言われる。帰国後はカンボジア政府認定事業イベントや、カナダにて行われたTEDxにダンサー出演。日系スタータレントサーチ2015にて最も記憶に残るベストパフォーマンス賞を受賞。2017年1月カナダのビクトリア、マチョーズン村でダンススタジオをオープン。カナダを拠点に世界各地で活動。

経歴

    ・クラッシクバレエ歴:13年
    ・HIPHOP歴:8年
    ・The Black Eyed Peas Experience モーションキャプチャーダンサー
    ・カナダブリティッシュコロンビア大学 ダンサー出演
    ・コドナ計画 ゲストダンサー出演
    ・TEDスピーカーのシェーンコイザンと共演イベント出演
    ・ビクトリアロイヤル美術館 ゲストダンサー出演
    ・旧黒人居住区南アフリカソウェトにてパフォーマンス&ラジオ出演
    ・ブラジル音楽ダンス団体アフロへイギでパフォーマンス
    ・PSYL2015 ダンサー出演、振り付け
    ・舞台One World 2016 ダンサー出演
    ・骨髄バンクチャリティーイベント出演
    ・Cambodia Asia Collection (カンボジア外務省認定事業)
    ・ TED Performance in Vancouver ダンサー出演
    ・United World of the Pacific のDance Recitalにて多数振り付け

    ダンス講師歴

    カナダ

    ・マイケルジャクソン追悼イベントThrill the World
    ・Cedaedale小学校
    ・国際学校UWC ピアソンカレッジ
    ・ICA難民支援センター
    ・Shorelineミドルスクール
    ・Raynoldsハイスクール
    ・Brooksハイスクール
    ・バンクーバーブガルーアカデミー
    ・PSYLサマーキャンプ
    ・Movement Dance Studio

    日本

    ・スタジオパイレーツ
    ・アクロスモール守谷
    ・スタジオアートフォリオ
    ・クレアシオンスタジオ
    ​・船内自主企画:「ピースボート」78回

    受賞歴

    ・国際交流NGO Peace Boat 主催 洋上パフォーマンスコンテスト 特別賞受賞
    ・学校法人立志舎主催ダンスコンテスト ベストパフォーマンス賞 受賞
    ・日系スタータレントコンテスト 最も記憶に残るベストパフォーマンス賞 受賞

    最後までお読みいただき、ありがとうございました!

    以上、まどぅー(@madocanada)よりお届けしました。