カナダでは2005年から同性婚ができるんですが、
わたしは同性婚ができるカナダで2016年に結婚したんです!!
この記事ではわたしのパートナーからプロポーズを受けた話をさかのぼって書いています。
全3話ストーリー
①同性のカナダ出身の恋人からプロポーズされた!同性婚までの道のり←イマココ
②国際同性婚を決めた私のカミングアウトストーリー
③遂に迎えた結婚式!同性同士でも幸せになれるの?
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カナダ人のパートナー「キム 」との出会い
わたしとキムの最初の出会いは2012年の冬です。
わたしは「人はなぜ踊るのか?」「わたしはなぜ踊るのか?」というテーマを掲げ、世界一周クルーズのピースボートに乗船しました。
ダンスが黒人差別などの社会的問題と深く関わっていることを知ったので、行き先は「アフリカ・南米行きのクルーズ」にしました。
そして、のちにわたしのパートナーとなるキムもピースボートに乗っていたんです。
キムってどんな人?
キムがどんな人なのか、箇条書きにしてみました。
- 日本が大好きで長野県に住んでいた
- お好み焼きと焼きそばが大好物
- 言語が大好き!
- カナダのUBC大学で博士号を取得
- 穏やかでピースフル
- ロマンチストでおっちょこちょい
- 現在はピアソンカレッジの教師
キムと仲良くなったキッカケ
ある日、わたしとキムはこんな会話をしたんです。
えー?身体もいらないってどういうことよ?と、
わたしはしばらく放心状態に(笑)
この何気ない会話、でも強烈に深い会話をキッカケに毎日のように話をするようになりました。
そして、もう1つキムについて知ったことがありました。
キムは母国のカナダで様々な問題を抱える若者のために「踊る場所」を提供していたんです。
その時にこんなことを言っていたんです!
ダンスや教育に関して同じ価値観を持っていることに気づき、ふたりで過ごす時間が増えました。
しかし、付き合うと決めたにも関わらず、わたしの心の中では不安や葛藤も存在していました。
気づいたら付き合いだして2年の月日
日本とカナダを行き来しながらの遠距離をし、気づいたら付き合いだして2年が。
その間にわたしはワーキングホリデーのビザでカナダに1年間滞在していました。
でも、ビザが切れる頃にはまた離れ離れの日々が続くことはわかっていました。
「一緒にいよう」と思って日本を飛び出してカナダにきたものの、わたしたちの間では「結婚」という文字が幾度となく浮かび上がっては消えて、を繰り返していました。
「同性同士」では幸せになることは無理だと思っていたんです。
同時に、「結婚するならこの人以外に考えられない」という想いもあったんですよね。
幸い、カナダでは2005年から同性婚が認められていることもあり、理解ある友人たちに恵まれたカナダ生活を送っていました。
- 同性カップルの友人ができた
- ふたりの母親を持つ子どもが近所にいた
- LGBT+のサポートグループが存在していた
- カナダの首相がLGBT+へ謝罪スピーチを行なった
99個の別れない理由と突然のプロポーズ
忘れもしない2015年6月11日の話をします。
その日、わたしは友達と出かけていました。
家に帰ると、ドアの前に貼り紙が!
帰ってきたら食堂の前の森に来てね〜! キムより
わたしはキムが鍵を忘れて家の中に入れないんだと思い込み、家の外にある食堂へと向かいました。
歩く途中には赤いリボンが木から木へとかかっていて、丘の下までずーっと続いていたんです。
こんなふうに▼
もう一度赤いリボンをよく見てみると、
がんばって漢字を使って書いてくれた微笑ましい文字を発見!
赤いリボンにはこれからも一緒にいたい99個の理由が書かれていました。
今までの日々を思うと、涙で顔がぐちゃぐちゃになりました。
ひとつひとつのメッセージを読みながら、大号泣しながら、森の中を歩いて。
そして、99個めに書かれていた言葉は「愛している」でした。
丘のふもとに到着すると、指輪を差し出したキムが、ひざまづいて泣いていました。
それを見たわたしもさらに号泣・・・!
この2年間は「何があってもこの人についていこう」という固い決心もありつつ、でもふわっとした居心地の良さも感じさせてくれていました。
喧嘩してもうダメかもしれないと思った日も、両親へのカミングアウトに迷った日も、希望をどこかで感じていました。
「別れよう」とはお互い絶対に口にしなかったんです。
それを口にしたら本当に終わってしまうとわかっていたんだと思う。
周りの理解が得られなかった時でさえも、「この人以外には考えられない」という揺るぎない想いを確実に築いてきた日々でした。
そういう日々が自分たちの人生そのもので、その人生をこれからも共に過ごすことをわたしたちは決めたのです。
誰がなんと言おうと。
なんだかんだ言ったって人生は短い
そう、なんだかんだ言って人生は短いんですよ。
結局のところ、自分の人生は自分にしか作れない。
その人生を誰と過ごすか、誰を愛するかを決めるのは自分自身であり、当たり前の個人の自由です。
「この瞬間がずっと続けばいいのに」と思わせてくれる人との出会いは、人生でたったの数人しか出会えないのではないかと思うんです。
わたしたちは社会に通用する人間になるために生まれてきたわけではなく、自分の人生を生き抜くために生まれてきたんです。
日本でもLGBT+の話題がこれまでより多くなりましたが、まだまだLGBT当事者として悩んでいる人も少なくないはず。
差別や偏見があるのも事実だし…。
残念なことに、LGBT当事者の自殺率もすごく高いんです。
改めてこの経験が誰かの何かのキッカケになればと思い「国際同性婚をするまでの道のり」と題して、赤裸々に書きました。
次回はわたしがどのように家族や友人にカミングアウトしたかについて書いています。
このブログが必要な人のもとへ、届きますように。
以上、まどぅー(➠プロフィールはこちら)でした。
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