カナダ人の恋人(女)からプロポーズされた!同性婚までの道のり【LGBT】

まどぅー
こんにちは!カナダで国際同性婚をした、旅するダンサーのまどぅー(@madocanada)です。

カナダでは2005年から国の正式な法律によって同性婚が認められています。

わたしは同性婚が認められているカナダで2016年に結婚しました。

本記事ではわたしのプロポーズストーリーをお話しします。

全3話ストーリー

①カナダ人の恋人(女)からプロポーズされた!国際同性婚までの道のり←イマココ
国際同性婚を決めた私のカミングアウトストーリー
遂に迎えた結婚式!同性同士でも幸せになれるの?

【LGBT】国際同性婚をした私がプライドパレードに参加。フリーハグを実体験!

2017.10.06
 

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カナダ人のパートナー「キム (Kim) 」との出会い

わたしたちの最初の出会いは2012年の冬。
 

まどぅー
ピースボートの世界一周クルーズの船の上でした。
「人はなぜ踊るのか?」というテーマを掲げ、様々な国で踊ることを決意したわたしは「アフリカ・南米行きのクルーズ」に参加しました。
 
ダンスが黒人差別などの社会的問題と深く関わっていることを知ったからです。
 
そして、のちにわたしのパートナーとなるキム(Kim)は英語教師としてカナダから乗船していたんですね。
 
キムは母国で様々な問題を抱える若者のために「踊る場所」を提供していました。
 
その時にこんなことを言っていたんです!

彼らにはダンスが必要。安心して踊る場所をつくってあげることで、彼らの生きる希望になっているから。

ダンスや教育に関して同じ価値観を持っていることに気づき、二人で過ごす時間が増えました。

まどぅー
付き合うことになったのもごく自然の流れだったんですよね。

Photo by Kristy

しかし、付き合うと決めたにも関わらず、わたしの心の中では不安や葛藤も存在していました。

気づいたら付き合いだして2年の月日

日本とカナダを行き来しながらの遠距離をし、気づいたら付き合いだして2年が。
 
その間にわたしはワーキングホリデーのビザでカナダに1年間滞在していました。
 

まどぅー
でも、ビザが切れる頃にはまた離れ離れの日々が続くことはわかっていたんです。

二人の間にも「結婚」という文字が幾度となく浮かび上がっては消えて、を繰り返していました。

「同性同士」では幸せになることは無理だと思っていたんです。

Photo by Kristy

同時に、「結婚するならこの人以外に考えられない」という想いもあったんですよね。

幸いにもカナダでは同性婚が認められていることもあり、理解ある友人たちに恵まれた生活を送っていました。

  • 同性カップルの友人ができた
  • 二人の母親を持つ子どもが近所にいた
  • LGBTのサポートグループが存在していた
  • カナダの首相が謝罪スピーチを行なった など

Photo by Kristy

合わせて読みたい

99個の別れない理由と突然のプロポーズ

忘れもしない2015年6月11日。
 
その日わたしは友達と出かけていました。

家に帰ると、ドアの前に貼り紙が!

帰ってきたら食堂の前に来てね〜! キムより

わたしはキムが鍵を忘れて家の中に入れないんだと思い込み、家の外にある食堂へと向かいました。

歩く途中には赤いリボンが木から木へとかかっていて、丘の下までずーっと続いていたんですよ。

こんなふうに。

↑「ONE LOVE」という文字のガーランドと赤いリボン

もう一度赤いリボンをよく見てみると、

がんばって漢字を使って書いてくれた微笑ましい文字を発見!

↑「まどかへ。ずっと一緒の方がいい。99理由があります。」と書かれています。

赤いリボンには今までの感謝とこれからも一緒にいたい99個の理由が書かれていました。

まどぅー
すぐにこれはプロポーズだ!と気づきましたよ。

今までの日々を思うと、涙で顔がぐちゃぐちゃになりました。

99個めに書かれていた言葉は「愛している」でした。

↑99個めの言葉「愛している」

指輪を差し出したキムが、ひざまづいて泣いていました。

まどぅー
それを見たわたしもさらに号泣・・・!

この2年間は「何があってもこの人についていこう」という固い決心もありつつ、でもふわっとした居心地の良さも感じさせてくれていた。

まどぅー
なんていうか一緒にいることは自然であり、より自由な選択だったんですよね。

Photo by Kristy

喧嘩してもうダメかもしれないと思った日も、希望をどこかで感じていました。

「別れよう」とはお互い絶対に口にしなかったんです。

まどぅー
それを口にしたら本当に終わってしまうとわかっていたんだと思う。

周りの理解が得られなかった時でさえも、「この人以外には考えられない」という揺るぎない想いを少しづつ、でも確実に築いてきた日々だった。

そういう日々が自分たちの人生そのもので、その人生をこれからも共に過ごすことを私たちは決めたのです。

誰がなんと言おうと。

Photo by Kristy

なんだかんだ言ったって人生は短い

そう、なんだかんだ言って人生は短いんですよ。
 

まどぅー
長いようで一瞬で終わってしまうのだろうと思う。

結局のところ、自分の人生は自分にしか作れない。

その人生を誰と過ごすか、誰を愛するかを決めるのは自分自身であり、当たり前の個人の自由です。

「この瞬間がずっと続けばいいのに」と思わせてくれる人との出会いは、人生でたったの数人しか出会えないのではないかと思うんです。

↑カナダ北のハイダグワイ島にて

わたしたちは社会に通用する人間になるために生まれてきたわけではなく、自分の人生を生き抜くために生まれてきたんです。

日本でもLGBT(Q2)の話題がこれまでより多くなりましたが、まだまだ当事者として悩んでいる人も少なくないはず。

差別や偏見があるのも事実だし・・・。

まどぅー
残念なことに、LGBT当事者の自殺率もすごく高いんです。

改めてこの経験が誰かの何かのキッカケになればと思い「国際同性婚をするまでの道のり」と題して、赤裸々に書きました。

次回は私がどのようにカミングアウトしたかについて書いています。

このブログが必要な人のもとへ、届きますように。

Photo by Tanabe+Photography

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